舞鶴引揚記念館では戦争中にシベリアで抑留された人々が体験した過酷な生活状況を知ることができる。岸壁の母が生まれた引揚桟橋で帰国を待つ女性たちが切ない。

舞鶴引揚記念館

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前日に訪れた赤れんが博物館に行った際

購入したペアチケットの流れで来場。

赤レンガ博物館が思いの外面白い施設で侮っていた。レンガの魅力がこれでもかと伝わって来ます。世界の建物と煉瓦が紹介されており楽しくて興味津々に楽しめます。

 

広い引揚記念公園の敷地内ににあります。

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建物もそこそこ広い。

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正直、楽しく観光だけしたい人には

この記念館は「不向き」

 

戦時中に日本人がロシアで強制的に

働かされていた悲惨な歴史を知る事になる。

遊びでうかれた観光気分がふっとびます。

 

酸いも甘いも味わった年配者だと

昔を懐かしむことができるかも。

 

だからと言って年配者の人が行っても

楽しくはないでしょう。

 

しかし、戦時中の歴史を知るのであれば

貴重な資料や体験談を見たり聞いたりでき

かなり中身のある経験ができる。

 

若い人が戦争の悲惨さを知るには

もってこいの場所かもしれない。

 

入館して最初のエリア。

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引揚者66万人はかなり多い数字。

 

シベリア抑留者収容所分布図

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かなり広大な土地を移動させられた。

 

当時の貴重な資料。

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当時を再現した引揚桟橋のミニチュア。

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たくさんの引揚船があった。

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もちろん客室船とは違い貨物船がほとんど。

 

それでも日本に連れて帰ってくれるなら

ありがたかったでしょう。

 

引揚船内で伝染病が発生すると日本へ到着

しても下船が許されませんでした。

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まるでコロナウイルス感染者がいた

クルーズ船の時と全く同じ。

 

今の状況とよく似ており

当時のことを簡単に想像できる。

 

昔でも感染症に対して

しっかり対策をしていたことに驚き。

 

極寒の捕虜時代の生活を再現した

抑留生活体験室などはかなりリアル。

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温かい記念館の中で見ても寒々しい。

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さらに本当なら極寒の地なので寒い。

過酷な労働と寒さで亡くなる人もいた。

 

寒すぎて、人が寄り添って過ごさないと

寝ることもままならない。

 

「人からノミの大移動が始まるとその人が

死んだことが分かる」という言葉は

当時の悲惨な状況がありありと想像できる。

 

悲惨でリアルすぎる。(汗)

 

別エリアでは食料の分配風景が見られる。

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寒いので人と人が寄り添いながら

食べ物の分配に不公平がないか

厳しくチェックしている。

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体の弱った人は比較的空気の暖かい

上の方でいることができたそう。

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ホント平和な時代に生まれて良かった。

 

労働時に運ばされた丸太の再現。

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持つとかなり重い。

 

当時の労働がいかに過酷かというのを

実感できます。

 

昔、両親や親戚が歌っていた岸壁の母

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小さい時からよく聞かされていた歌。

歌のルーツが、ここ舞鶴から始まったことに

ちょっと感動。

 

帰らぬ息子を待つ母が再開できたかどうか

気になって思わずその場でネット検索して

しまった。

 

最終的には会えなかったようなので

切なすぎて思わず涙。

 

wikiより

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%B8%E5%A3%81%E3%81%AE%E6%AF%8D

 

すぐ近くに岸壁の母と呼ばれるルーツである

引揚桟橋がある。

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復元されたものであるが当時を思い

風景を見るとなんとも言えない。

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当時の写真もある。

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この日は気候がよく風景がとてもキレイ。

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向こう側に見える橋は当時はなかったかな?

 

当時、こんなきれいな景色だと

遠くの船もよく見えたでしょう。

 

帰国できた人と出会えた人は幸せだった?
 

楽しいか楽しくないかは別として1度は

訪れるべき場所ではないか。

 

舞鶴引揚記念館

住所:京都府舞鶴市字平1584番地 引揚記念公園内

開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)

休館日:12月29日~1月1日、毎月第3木曜日(8月と祝日を除く)

入館料:大人 300円、学生(小学生-大学生) 150円

※ただし、市内在住か在学の学生は無料

TEL:0773-68-0836

駐車場:あり

HP:https://m-hikiage-museum.jp/

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