楽只(らくし)地区に行ってきました。同和地区としても有名で朝鮮部落の町でもある。キレイな住宅が立ち並ぶも、古い住宅が昔の雰囲気を醸し出している。

紙屋川砂防ダムから南に行くとここにも

部落がある。

 

紙屋川砂防ダムについての記事はこちら。

 

楽只(らくし)地区

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京都で負の部分。

 

今は昔になりつつありますが。

古い住宅がかなり改善されてる。

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こことは違う場所では、一部にある

潰れそうな建物に住んでいる人たちと

比べると異次元の快適さであろう。

 

住宅などの建物の老朽化が進み

新しい建物が建築された。

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部落地域の事を知らなければ

外から見たらキレイな普通の住宅地。

 

近くには仏教大学があり、たくさんの

学生たちの往来を見ることができる。

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西大路通沿いも学生を含め人通りが多く

お店をすれば流行りそうではある。

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しかし実際は、お店ができても閑古鳥が

鳴いていて、つい先日も閉店していた。

 

外国料理のお店でしたが。

警戒されているのか、家賃が高いのか。

 

1階部分はお店ですが上の階は住宅。

 

住宅の裏手に回ると雰囲気があります。

ここは時代が止まったまま。

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個人的には好きですが昭和の匂い。

 

ほとんど住んでる気配がしませんが

1軒だけアンテナがあります。

 

西大路通りを挟んで向かい側には

銭湯があります。

 

古い建物前にある右奥側の階段から

銭湯前のこちら側の階段に出ます。

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こちらの銭湯は古くなった住宅地に

住んでいた人が利用していたお風呂屋。

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今年9月で営業は終了していた。

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古い住宅に住んでいる人が少なくなって

利用客も少なくなってしまったからか?

 

行ってみたいと思っているうちに終わってた。

 

支援学校の楽只舘

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スマイルカフェの文字があります。

地元の憩いの場所?

 

この辺りは御土居のあった場所でもあり

歴史的に価値ある場所でもあります。

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wikiより

御土居

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E5%9C%9F%E5%B1%85

 

御土居自体は以前山に

サイクリングに行った時に見た。

 

紙屋川砂防ダムよりかなり北にあるので

かなり離れた楽只(らくし)地区まで

続いているのには驚き。

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いや、地図を見ると楽只どころか

京都駅より南の東寺まで続いていた。

 

豊臣秀吉の権力の強さが伺(うかが)える。

住宅地の真ん中に公園があったが

1組の母子の姿しか見られなかった。

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地域的に寂しく感じた。

 

地域の問題はともかく、

子供が少ない公園は寂しいもんです。

 

部落問題もあり、この地を離れていく人が

多くて、地域住民も少なくなっている?

 

違う意味で過疎化が進んでいるのかも。

 

住宅近辺を回ってみましたが

ハングルや朝鮮関連の表記は皆無。

 

現在は特に日韓関係や北朝鮮との関係に

関してデリケートではある。

 

飛翔体も飛んでましたし。

 

時事ドットコムニュースより

北朝鮮が弾道ミサイル=日本EEZに落下-潜水艦から発射か

 

奥の古い建物と手前の新しい建物との

コントラストが哀愁を誘う。

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昔の方がもっと殺伐としていた感じ。

今は住人が少なくなったのかも。

 

やはり偏見で見られる事を思うと

地元を離れる人も多いのだろう。

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1 thought on “楽只(らくし)地区に行ってきました。同和地区としても有名で朝鮮部落の町でもある。キレイな住宅が立ち並ぶも、古い住宅が昔の雰囲気を醸し出している。

  1. ピンバック: ツラッティ千本は京都市人権資料展示施設で千本北大路にある「楽只(らくし)地区」について詳しく書かれています。京都の歴史や昭和初期が好きな人には面白いかも。 | 人生一度!腰椎破

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